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me&ROADMASTER歌、そして友達、あるいは行商、日々の日記や覚え書きのようなもの。
ヤマハFG黒ラベル三本 (2020/08/03/22:33)

某H氏から持ち込まれた200J二本と150F。かなり使い込まれた感のある三本。
赤ラベルの後、グリーンラベル→黒ラベルと両方合わせても3年(グリーン'72/6月~'74/7月、黒'74/7月~'75/11月)という短い期間、ちょうどヤマハFG初期の過渡期(だと僕は勝手に思っている)に作られたモデル。
この後、オレンジ→ベージュと変わりながら80年代後半にはLシリーズなどがラインナップされて、一部を除いてFGシリーズは高級機種は作られなくなるわけで、、。
オレンジ、ベージュモデルは初期FGとしては一度完成した(と勝手に思っている)感じだけど、このころになるともう赤ラベルからの雰囲気はほぼない(のが悪いわけではないが)が、黒モデルはまだそのへんがだいぶ色濃く残っているように思う。

そうえいば、僕はたぶん'74年くらいからちょこちょこ人前に立って歌ったりするようになって、ちょうどグリーン、黒のころと重なるんだけど、そのころはFGにはぜんぜん興味がないっていうか、気づいてさえいなかった。
たぶんあのころはなんだかわかんない(てほどひどいもんじゃなかったけど)そのへんの楽器屋、あるいは質屋みたいなところにぶら下がってて、数千円で売ってたようなのを使ってたし、そういうのをよしとしてたみたいなとこがあったりもして。
で、まだ今ほどそういった知り合いも少なかったってのもあるだろうけど、周りにもヤマハを使ってる人がいなかったように思う。
あ、そういえば、少し後に知り合った少し上の人たちの中ではこのヘッドの形が変わったグリーン、黒のモデルはあんまり人気がなかったのを覚えてる。広がってるのはよかった、、とか、先細りになってよくなくなった、、とかね。
まー、そのスジで密かに有名?だった、とあるFGファンの作った小冊子が一人歩きして、ヤマハ赤ラベル神話みたいなものができあがってしまうのはまだだいぶ後のことではあるけれど、、。
で、そんな感じだったんでヤマハに目が行かなかった、、というわけでもなく、2~3年そんなこんなしてるうちに'77年くらいかな?少しはまともなギターを買おうと思って楽器屋へ行ってわりと安い方から順に見て行って、、10万円台なあたりになって、ちょこっと先を見たら、ちょうどそのころ値上げしていたギブソンJ-45/50デラックス(スクエアショルダーになったやつ)が値上げ前の値段据え置きになってたんで、あー、あんまり変わんないじゃんじゃー、これにしちゃえ。これ下さい。なんて調子で買っちゃって、以来ずっと(そのJ-50は壊しちゃったけど)以来概ねずっとギブソンだもんで、、。

そんなこんなで、今みたいなことをはじめてから改めて国産ギターもあれこれいじるようになったんだけど、正直言ってヤマハはあんまり好きになれなかった。
ていうのは、まー、たくさん売れてるからタマも多いし、よく手元にも来るんだけど、海外(のもけっこうやってた。今はそうでもないけど)から来るのはそうでもないんだけど、国内のはとくに赤ラベルなんかはたいして弾かずにしまわれて、ほとんど壊れた状態なのが多かったってのもあるし、いいギターなんだけど、やっぱりなんとなくまだ完成していない感があって、世間で言われていることとのギャップっていうか、なんていうか、、不信感(てのとはちょっと違うな、、)みたいなものがあって、、あ、それとは違うけど、黒ラベルは「重い」って印象が強くて、とくに好きになれなかったの。
ていうかね、このあたりから急に重くなるでしょ?これってどうだったのかな?当時世間的な評判とか、、そのへん話題になったりしなかったのかな?みたいな。
で、そんなわけで、赤やグリーン、飛んでもっと新しいのなんかはけっこういじって来たけど、黒は毛嫌いしてたみたいなとこがあったんだけど、年月を経て、もっといろいろあれこれして、今また改めて手にしてみると、まー、そんなに重くもなかったかな(笑)とか。
で、今回の三本。どれもかなり使われていたようで、それなりにだいぶ痛んでいるが、肝心なところは健在で、あちこちあれこれして、たぶんまだまだじゅうぶん。
こうして見てみると、太い弦を張れるようにした(と言われている)グリーンとパっと見にはほとんど何も変わってないようなルックスだが、太くなって握りにくくなったネックもなんとなく握りやすくなってるし、先細りにしてナット付近のテンションを弱めようとしたヘッドもよく見ると微妙にシェイプが変わって、すっきりしただけでなく、ヘッド角も微妙にいじってあるようだし、あちこち微妙に改良されて、抱えた感じは明らかに違う。
赤→グリーンと発展して、この後オレンジ、ベージュとひとつの完成を経て、その先に繋がって行くわけだけど、初期のヤマハFGとしての完成はむしろこの黒にあるように思えて来る。

それなり使い込まれて、それなりに痛んだルックスにはなんとなく貫禄というか風格みたいなもんがある。
こんなギターを持って、道端に座ってるやつがいたら、少しだけ立ち止まって、どんな歌を歌うのか聴いてみたくなるかも知れないな、、なんて。

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ライブ~今のところ。 (2020/07/15/22:13)
8/25(火)チェッカーボード(阿佐谷03-3312-7974)20:00~¥1100(テーブルチャージ¥500+ライブチャージ¥500+税)+2drink~。
10/2(金)亀有KIDBOX(亀有駅北口~スキップ2分)20:00くらいからのんびりと~¥3000(2drink込み)食べ物持ち込み歓迎。

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ライブ~今のところ。 (2020/07/01/09:14)
7/10(金)稲生座(高円寺03-3336-4480)20:00過ぎくらい~¥1650+飲み食い。
7/14(火)チェッカーボード(阿佐谷03-3312-7974)19:30 open/20:00~¥1100(テーブルチャージ¥500+ライブチャージ¥500+税)+2drink~。
10/2(金)亀有KIDBOX(亀有駅北口~スキップ2分)20:00くらいからのんびりと~¥3000(2drink込み)食べ物持ち込み歓迎。

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毎月10日は藤華の日 (2020/06/15/16:20)
、、なんて、ダジャレそのもの(笑)の看板を出して、毎月10日はラーメンとワンタンが250円!の他トッピング(この日だけで普段はトッピングはなし)に味玉だのコーンだの餅(!)だの各100円(あ、チャーシューだけ300円だったかな?)でオール乗せのスペシャルが750円なんて乱暴なサービスがある住宅街の端(このあたりは昔は商店街だったらしいが)にある街の中華食堂ではある。
こっちに引っ越して来てからしはらくして見つけて、それからほとんど毎日お世話になってるわけで。
まー、ほとんど昼前っていうか、混みはじめる前、開店直後の11時過ぎころに行くんで、まだお客は誰もいなくて僕ひとりなことが多いのと(たぶん)あんまり毎日のように行くもんで、なんとなく食後にコーヒー(インスタント)なんか出て来るようになっちゃって、おとーさんとちょこちょこ世間話しなんかするようにもなっちゃって、、「仕事してないの?」とか(爆)まー、してないようなもんですけどね、、とか。
で、いろいろ話しを聞いてたら、どうやらここは昭和32年(!)開店らしくて、おとーさんが24才のときに3万円の手付けだけを払ってはじめたんだと。
当時おとーさんは学校教材やら楽器やらを扱う卸問屋みたいな会社に勤めてて、どっかの中華屋の二階のアパートに住んでて、まだそのころはテレビなんか持ってないのが普通だったけど、下の店にはテレビがあったんで、毎日飯がてら観に行ってたんだけど、あんまりずっと観てるのもなんだから洗いもんだのなんだの手伝ったりしてるうちになんとなく仕事を覚えちゃって、それで自分の店を出そうと思ったんだそうで、当時の給料5万円から3万円の手付を打ってここを押さえたのはいいけど、残りの金をどうしようか、、と思いながら現地の人通りだの視察しながら3日くらい毎日橋の上(今は暗渠になってるけど、当時は川が流れてて、ちょうど前に橋があったそうで)で眺めてたら、大家さんが「どうした?手付け入れたんだし早く店にして開ければいいじゃないか」と言うもんで、思いきって正直に話しをして、田舎に帰って兄貴に金を借りて来るから少し待ってくれと頼んだら「そんなもんはとっとと店開けて、儲けてから払えばいい」なんて言って、店の内装だのなんだの全部大屋さんがやってくれて開店したんだそうだ。
で、当時ラーメンは一杯30円だったらしいけど、そのころこのへんには小さなアパートがいっぱいあって、新宿の飲み屋だのに勤めてるおねーさん方がたくさん住んでて、当時はそういう店は23時までしかできなくて、終電付近でそのおねーさん方がみんな帰ってきて、晩飯食いに寄って帰ったんで、その30円のラーメンが飛ぶように売れて、そりゃもう忙しかったんだそうで、借金もすぐに返して、お礼に大屋さん夫婦をどっかに旅行にも連れて行ったんだそうだ。
で、その後、今の建物が改築されるときにでき上がるまで向かい側に移ったりしたけど、大屋さんがここの土地と建物を買い取ってくれないか?と言うんで、並びにあったアパートなんかと一緒に買い取ったりして、現在に至る、、というわけで。
てかさ、今とは時代がだいぶ違うとはいうものの、そんな思いつき(?)で金もないのに手付けだけ打ってしまうおとーさんもおとーさんだが、見ず知らずの24才の若者相手に取れるかどうかもわかんないのに内装までやってくれちゃう大家さんもずいぶん乱暴な人だな(笑)とか。まー、今じゃとても考えられないけど、そんな時代でもあったんだなーと。
で、ここはそれからもう63年もやってて、つまりは僕が生まれる前の年からで、おとーさんもう87なわけで(汗)
なんでもおとーさんは9人兄弟の5番目で、上から4人はもう亡くなったけど、みんな90代まで生きたらしく「なんでだろうね?うちはみんな長く生きて困っちゃうのよ」「おれもどっこも具合悪いとこないし、歯も全部まだ自分の歯だしさ」「あー、でも最近は頭の具合がおかしいけどさ」なんて。
じゃー、とりあえず90までは店やっといて下さいよ。もう3年だし、ぜんぜんイケそうじゃないですか。と言ったら「いやー、90までは生きないだろ」なんて、他人事みたいに(笑)

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引っ越しに際してブラックホール化していた棚の奥から出て来た古いバイク雑誌。 (2020/06/12/14:18)
20200612141419bdf.jpg20200612141451d9d.jpg
最初のはたぶん883がずいぶん流行って(?)きたあたり、別冊MotorCyclistの座談会に行ったときのもの。この日は雨が降ってて5人来る予定が3人しか来なかったんだな。今読むとそんなこと言ってないだろ?みたいなことがけっこう書かれてるけど(苦笑)
その次はやっぱり別冊MotorCyclistで、よく覚えてないんだけど、これはどうやら投稿したらしい。前のやつはいいかげんいじり回して、少し元に戻したころのだけど、こっちはさらに戻して、ほとんどノーマルに近くなってる。
で、最後はUBike!で、このときのこともよく覚えていなんだけど(そうそう、こないだ見つけたパネルになってたやつ、あのときは思い出せなかったけど、このときのものだったんだな)どっかで撮影してるし、試乗みたいなこともしてるし、んー、たぶん乗って行ったんだろうな、、預けた記憶はぜんぜんないんで、、。このバイクはとにかくデカくて重かったな、、あー、そうそう、どっかの河川敷から土手を上って道に出る一時停止のときに砂が浮いてて足を滑らせて、立ちゴケしそうになったのを左足とクラッチ握ったままの左手だけで支えて持ちこたえたら左手首でバキ!と音がして、そのまま帰る道すがらどんどん左手首が腫れてきて、まー、そのときは捻挫したくらいに思ってほっといたんだけど、後にまた痛くなって、レントゲン撮って調べたら細かい骨がきれいに折れていた、、なんてこともあったなと。

このころはまだ今のように大型自動二輪の免許は教習所では取らせてなくて、試験場で限定解除しなくてはいけなかった時代だけど、今よりもずっとバイク雑誌が多かったし、なんとなく大型バイクなんかが流行りはじめてた(?)ころで、こういう少し高い年齢層をターゲットにした雑誌や記事が多くなってて、ハーレーだのなんだのに乗ってるとなんとなくあちこちから話しがあったり(もちろん自分から行くのも)して、ほかにもいくつかこういう取材(?)やら座談会だのあったけど、他のはたぶん捨てちゃって残ってないし、ほとんど覚えてない。
あー、そうそう、もう少し後だけど、どこの雑誌だか忘れた(ゴーグル?だっけな)けど、ヤマハ系の用品メーカーのレインウェアについての座談会なんかに行って、当時バイク便やってた僕(他の参加者はみな休日の趣味みたいな人ばかりで)は周りとはまったく意見が噛み合わなくて(笑)ウンザリした(あ、でもメーカーの人はずいぶん熱心に聞いてくれたけど)なんてのもあったな。

で、こういう雑誌、あのころはほんとに多かった(いや、今もあるんだろうけど、僕がそういう興味を失っただけで)けど、ここに書いた雑誌も今はもう(あ、ゴーグルは今もあるのかな?)ない。まー、たぶんそれは時代っていうか、バイクだの車だのへの興味みたいなものがだいぶ薄れてるんだろうし、あるいは同じバイク雑誌でも世間の興味のありどころが変ったってものもあるだろうし、たぶん紙の媒体が難しくなって、ネットの方に移ったものもあるだろうし、、て、もう 30年も昔のことだしね。
てかね、懐かしい、、ってのとは少し違うけど、んー、あー、こういう時代だったんだなー、、とか。

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