me&ROADMASTER歌、そして友達、あるいは行商、日々の日記や覚え書きのようなもの。
カテゴリ別ログ_日々のこと
いや、まーね、あんまりこういうことは言いたかないんだけどもね。 (2018/07/16/23:49)
たとえばさ、自分がどーしても気に入って、どーしても住みたいマンションがあるんだけど、そこがどーしても高くてとても払えないけど、そもそも自分が払えないほど高いのが間違ってるから半額にしろ。そしたら自分はそこに住めるし、自分はどーしてもそこに住みたいんだから、、みたいなわけのわかんないこと言う輩ばっかり増えたなと思う今日(にはじまったことでもないけどさ)このごろなわけなんだな。
いやはや、まったくね。どーなっちゃってんだかね。

rmkalimba on Twitter
facebook
Instagram
スポンサーサイト
/ トラックバック:0 / コメント:0
FC2カテゴリ: 日記日記
この記事のURL:http://roadmaster.blog25.fc2.com/blog-entry-1020.html

このあいだのこと (2018/03/15/02:14)
昼前くらいの電車。高田馬場から山手線。
ギターを持って、まーまーそれなりに混んだ車内に入って、入り口付近は混んでいたので少し奥に入ったら偶然そこにポッカリと開いた座席。
いや、そもそもそんなにしょっちゅう電車に乗ることもないし、ガラガラに空いていたりけっこう長距離を乗るなんてとき以外は僕はそれほど積極的に座ろうとする方じゃないっていうか、むしろ立っているのを選ぶほうなんで、そのときもすぐ二駅めの池袋で乗り換えだもんで、別に座ろうと思ったわけでもなく。
ちょうどそこに一足早く反対側から来たリーマン風の青年。
座ろうとして、横に来た僕にハッと気づいて「あ、どうぞ」と手で示して譲ってくれようとする。
いやいや、だいじょうぶだよと辞退して彼を座らせたんだけど。
いや、ずいぶん以前に脚を怪我したときを除いて、そんなふうに電車などで席を譲られたのは生まれてはじめてだなーとか、あー、そんなにヨレヨレに見えたかなーとか(汗)
いやまー、おそらくは30代前半くらいの彼から見ればもう僕はかなりのおっさんだろうし、そう、僕が子供のころにはもうすっかりおじいさんだった年でもあるけれど。
でもさ、その青年の態度がさ、ずいぶんと気持ちよかったんで、池袋で降り際に小さな声でありがとうと言いながら。
いや、それでもやっぱり、そうか、そんな年になったのかなと。

rmkalimba on Twitter
facebook
Instagram
/ トラックバック:0 / コメント:0
FC2カテゴリ: 日記日記
この記事のURL:http://roadmaster.blog25.fc2.com/blog-entry-1013.html

そしてまたここも。 (2018/02/14/15:50)
20180214154328e6c.jpg 2018021415432951f.jpg
山手通り沿い、板橋区南町22。ハタスポーツプラザ。
スポーツ施設はもうずいぶん前に閉鎖(2011/4)されていて、1Fのマクドナルドだけが営業されていたのだけれど、そのマクドナルドも去年暮れまでで終わり、ついこの間までまだその名残が見えていたのだけれど、ついにフェンスで囲まれて、、。
ハタスポーツプラザは63暮れに開業して、最盛期は200レーンを有する世界(?)最大級のボウリング場で、77~2010まではジャパンオープンなど大きな大会も数多く開催された場所だ。
僕が歌なんか歌おうと思い始める少し前、中学終わりころから高校のはじめくらいまで、プロボウラーになろうと思っていたころ、プロテストの会場としても使われていたところでもある。
僕はここで投げたことがあったかなかったか、、覚えていないけど、大きなボウリング場として有名だった。
ここはよくバイクで走るところだったし、今も毎日のように通って、まだ残っている看板の薄れて行く絵や文字を眺めていたんだけど、それももうそろそろ。
ここは何になるんだろう、、時間というのはあっさりと過ぎて行くもんなんだな、、と。

rmkalimba on Twitter
facebook
Instagram
/ トラックバック:0 / コメント:0
FC2カテゴリ: 日記日記
この記事のURL:http://roadmaster.blog25.fc2.com/blog-entry-1010.html

また寂しくなっちゃうじゃないか、、。 (2018/02/12/19:13)

そうそう、我が家から何十秒なんて距離(てか、入り口が反対側なだけで隣の建物なんだけど)にある、もう20年近くもほとんど毎日お世話になっていたコンビニ、サンクスがこともあろうに今月26日夕方18時で閉店してしまうということなのだ。
いや、ほんとにね、ちょっと大きなお屋敷だったら自分の部屋からキッチンまで、、みたいな距離で、ちょこっとなんか買い物に行くときは鍵なんかかけないで行っちゃってたりしたところで、それこそ何も持たずにレジ前に立つと(てか、ドアを開けて入ったときにはすでに)自動的にショートホープが二個出て来るような、そんなお付き合いな場所であっただけに少々動揺が隠せないようなわけで。
いや、このへんにはコンビニがやたらとあって、駅からこっちに帰って来るほんの2~3分の間にもサンクス入れて三軒もあったりするんたけど、中でもいちばん家族的な雰囲気の店で、働いているバイト、パートさんたちもかなーり自由な雰囲気でのびのびチャカチャカやってて、いい感じの店だったんだけどな。
なんせ昼間の看板娘(?)のパートさんなんか入った最初のころは「さ○きみなこちゃん♥」なんて名札つけてたくらいで(汗)
いや、もうほんのちょっと駅よりに離れたとこにも古くからあるセブンイレブンがあって、そこも同じくらいのお付き合いだし、別にひどく困るわけでもないんだけどさ。
あー、あれかな、サンクスってちょっと前にファミマに吸収(?)されただかなんだかだったし、その前後に駅前のパチンコ屋だったところにファミマができたりしたし、けっこうな繁盛店に見えてたけど、そういったことも影響してのことなのかな。
建物の裏手の自転車置き場がうちのアパートの階段の隣だもんで、毎日自転車で来てたみなこちゃんなんかとはよくそこで出くわして、ちょこちょこ世間話しなんかもしたし、いつもみなこちゃんとペアで働いてた前職は絶対水商売だったはずだ!と思ってしまうコンビニにはあるまじき派手な雰囲気のパートさんもいつもパァっと明るい雰囲気でチャカチャカしてていい感じだったし、あー、そうそう、あの震災のときとか大雪で電車が止まったときなんかにたぶんいちばん近いとこに住んでて、わりと融通がきく立場らしき体格のいい若いバイトちゃんが毎日ひとりで深夜に大活躍してたけど、あの娘なんかもここがなくなっちゃったらまた他探さなきゃなんだろうし、どーすんのかなー、、とか。
いやー、どっちにしてもまた少し寂しくなっちゃうよなー、、と。

rmkalimba on Twitter
facebook
Instagram

/ トラックバック:0 / コメント:0
FC2カテゴリ: 日記日記
この記事のURL:http://roadmaster.blog25.fc2.com/blog-entry-1009.html

太田楽器の想い出 (2017/11/20/03:18)
もうずいぶん昔(てほどでもないかな?いや、でもまだ二十世紀だったころ)新青梅街道沼袋交差点から少し哲学堂方面に行ったあたりにあった小さな店。
ぱっと見には演歌だののレコードやカセットテープなんかを置いてる昔の街のレコード屋さんだけど、その奥には知る人ぞ知る名ギター職人の太田さんの小さな工房があった。
雑誌だのの取材なんかはほとんど受けなかったらしく、90年代にアコースティックギター関連の雑誌なんかがさかんに出て、いろんなビルダーやらリペアマンやらが世に名を知られるようになっても一般的にはほとんど知られることはなかった人だ。
僕はそのころから大和町だの野方だの沼袋だのに住んでて(今も新井薬師たが)近かったんで、弦を買いにちょくちょく寄ったんだけど、主に奥さんが店に出てるから最初は太田さんにはほとんど会わなかったけど、何回か行っているうちになんとなく顔を合わせて、そのうちちょこちょことギターの話しなんかをするようになったんだと思う。
いつも奥さんに呼ばれてランニング姿で出て来たりして、まったく普通の昭和の職人のおじさんて感じの人だった。
そうそう、その弦は太田楽器オリジナルみたいなセット(カワセの弦と同じだなんて説もあったな)なんだけど、太田楽器ではスチール弦のことをフォーク弦と呼んでいて、しかし夫婦して「ホーク弦」と言ってたし、それ、発音だけかと思ってたらなんかのメモにも同じく「ホーク弦」と書いてあったし、一度なんかコンタクトマイクの相談をして、オススメは?と聞いたら「ドイツのやつで安くていいのがありますよ。サンダーっていうの」とかおっしゃって、それ聞いたことがないけど太田さんのオススメならそれにしようかなとお願いしたら出てきたのがシャドーだったり、、と、横文字はまったく怪しいまさに昭和のおじさんでだったわけで。
商売っけもない人で、当時使っていたスクエアショルダーのJ-50のバックがバッサリ割れたのをお願いしたことがあるんだけど(12月のはじめだったので)年内は忙しいから年明けになっちゃうかも、、とかいいつつ「あー、でも使うよねぇ?ライブとかあるんでしょう?」とかえらく気にして、いやいや、いいですよ。そんなに急ぎませんからできたら電話下さいと言って置いて来たんだけど、一週間だか二週間だかしたら「できました」と。
で、たしか三万くらいかかりそうな感じ(某イシバシあたりに問い合わせたらもっと高い感じの返答だった)な話しだったんだけど、取りに行くのに支払わなきゃだから聞いたら「ごめんね、二万もらえる?」みたいな。
おまけにすり減ってたフレットの擦り合わせだのフィンガーボードのローポジションの一部けっこうヘコんだところがあったのをきれいに埋めといてくれたりして「いや、これはオマケだからいいの。いいギターだから気になっちゃってね。いいのいいの」なんて(汗)
で、太田さんはリペアだけじゃなくギター作るんでしょう?と聞いたら「うんうん、作りますよ。こないだも若い女の子の歌い手さんに小振りなホークギター作ったのよ」って言うから作ってもらうとやっぱりお値段も高くなりますよねえ?って言ったら「そおねぇ、、やっぱり作るとそれなりに高くなっちゃうのよねぇ、、やっぱり、、10万は越えちゃうのよねぇ、、」とかむっちゃー安いこと言ってたりもして。いや、こっちは安くても30くらいのこと言うと思ってたのに(大汗)
そうそう、いつも弦を買いに行くと奥さんが「あー、ごめん、手が回らなくて袋につめてないのよ。今つめるから待ってられる?6本まとめてでもいい?」なんてことがしょっちゅうで、いいですよ、まとめてで。待ってますよ。と言って待ってると、1~3弦は「このへんはよく切るでしょう?」とか言って二本ずつ入れてくれたりね。
あ、一度ほんの短い間だったけど、大久保だか新大久保だか(どっちでも同じようなもんだが)の駅近く、大久保通り沿いのビルの二階に少し広い店を出したときがあったんだよな。
ネオンサインなんかつけちゃって、けっこう立派な店だったんだけど、あっという間に閉めちゃったからどうしたの?と聞いたら「いやー、忙しくなっちゃってね。だめだめ」とか、なんかよくんかんないこと言ってたなー(笑)あー、でもそのころかな?(もうこのへんあやふやなんだけと)クロサワからマーチンのリペアを引き受けることになって、たいぶ忙しくなっちゃったんだと嬉しそうに言ってたのを覚えてる。
そうそう、たしかあのころ(ちょっと後かな?)めずらしくなんかのギター誌に太田さんのインタビュー(?)記事が出てて、わー、太田さん出てるじゃーん!なんて思ったんだよなー。

志茂でギターをあれこれいじって、弦を張り替えたりしながら弦のことをぼんやり考えてたらそんなことをあれこれ思い出して、あー太田楽器の弦が懐かしいなー、、とか、ふっと。
そう、あのころは金がなくて(いや、今もあるわけじゃないけど)あー、いつか太田さんにギター作ってもらえたらなぁ、、なんて思っていたんだよな、、と。

今も近くの新青梅街道を走るとき、今はもうない太田楽器をときどき無意識に目が探す。

rmkalimba on Twitter
facebook
Instagram
/ トラックバック:0 / コメント:0
FC2カテゴリ: 日記日記
この記事のURL:http://roadmaster.blog25.fc2.com/blog-entry-1003.html

me&ROADMASTER
© kinta 2018. (http://roadmaster.blog25.fc2.com/)

/
This BlogTemplate's origin was written by Tamico.